news
ARCHIVES
THE FIRST BUTSUZO ― 私が仏像に込めた想い
Ⅰ. 原点 ― 一組の親娘との出会いから
全ての始まりは、東日本大震災のあった冬、小雪の舞う寒い日。
一組のご夫婦がお嬢さんを連れて当寺を訪れました。お嬢さんは重い障がいを持ち、寝台状の車椅子に横たわっていました。救いと癒しを求めて参拝されたのでしょう。しかし、お父様の表情には深い苦悩が刻まれ、消えることはありませんでした。
その姿を目にしたとき、私は僧侶として、また寺院として、彼らが求めるものを十分に提供できていないのではないかと感じました。力不足を恥じると同時に、「救いを求める人に対して、私にできることは何か」を改めて問い直したのです。
その問いが、私を大きな決意へと導きました。――空海が構想した幻の大日如来像を甦らせること。
Ⅱ. 発願 ― 空海の構想を再解釈する
空海が構想した大日如来像は、500年前に戦乱で焼失した幻の仏像です。
私は歴史研究者としての知識と、密教僧としての修行と思想および宗教観を重ね合わせ、古文書を独自に読み解き、空海のビジョンを現代的に再解釈しました。
そして、「ただの復元」ではなく、私個人の思想と価値観および美学に基づき、空海以降から現代に至る密教思想の深化を加えた全く新しい独自の大日如来像の完成図を描きあげたのです。
これを立体化するため、私は彫刻家の工房に依頼し、10年以上にわたり、無数の具体的指示を出し続け、私の構想を忠実に形にしていきました。その過程は苦難の連続でしたが、私はただ一つの信念に突き動かされていました。――人々に希望と救いを届けたいという思いです。
Ⅲ. 密教の方法論 ― 言葉を超えるメッセージ
空海の言葉に、こうあります。
「密蔵は深玄にして翰墨に載せがたし。さらに図画を仮りて悟らざるに開示す。」
(密教の教えは奥深く難解であり、言葉や文字では伝えることができない。ゆえに絵画や仏像などのビジュアルを借りて、まだ悟っていない人々にその教えを示すのだ)
私はまさにこの方法論を実践したいと考えました。
言葉ではなく、仏像という視覚表現を通じて苦悩を抱える人々にポジティブなメッセージを届ける。それこそが、現代における僧侶としての使命であると信じたのです。
そのメッセージとは――
「この世界は生きる価値がある。あなたの人生は、生きる価値がある。」
Ⅳ. THE FIRST BUTSUZO プロジェクトとは
こうして生まれた仏像込めた想いを世界に伝えるために、私は“THE FIRST BUTSUZO” プロジェクトと名付けました。
これは単なる過去の仏像の再現ではなく、空海の構想を起点にしつつ、そのはるか昔から現在まで2500年に及ぶ仏教美術の歴史と思想を統合し、その頂点を目指す究極の仏像を生み出す試みです。
“THE FIRST” に込めた意味
-
初めての出会い – 外国人にとって人生で初めて出会う本物の日本仏像。
-
頂点としての第一 – 2500年の仏教美術史の到達点。
-
原点と再生 – 空海の幻の大日如来像を起源とし、500年ぶりに甦らせた。
-
唯一無二 – 他には存在しない、ただひとつの仏像。
-
新しい第一歩 – 伝統を継承しつつ、未来を見つめて進化した革新的な仏像。
-
普遍的な体験 – 誰にとっても一度きりの、言葉を超えた精神的な原体験。
“THE FIRST BUTSUZO” プロジェクトという名には、このような思いが込められています。
Ⅴ. 未来への展望 ― 新しい宗教活動のかたち
私の計画はこの大日如来像だけにとどまりません。
本尊である大日如来像に加え、二体の脇侍――不動明王と金剛薩埵(こんごうさった)を造立する構想を進めています。
この三尊構成は、空海が東寺で構想した「立体曼荼羅」に起源を持ちますが、
しかし私は、単なる模倣ではなく、独自の解釈を加え、これまで存在しなかった全く新しい姿の不動明王と金剛薩埵像を生み出すことを目指しています。
これは単に過去を再現するのではなく、未来に向けて進化する、これまでに存在しない全く新しい仏像を生み出す試みです。
すなわち、THE FIRST BUTSUZO プロジェクトは、新しい時代の仏像を用いた宗教活動であり、その可能性は無限に広がっています。
Ⅵ. 結び ― あなたと共に未来へ
私はこの十数年、すべての情熱をこの仏像造りに注いできました。
その原点は、一人の父と娘の苦悩に寄り添いたいという思いでした。
そしてこれから先、この仏像はすべての人々に向けて、
「この世界は生きる価値がある。あなたの人生は、生きる価値がある。」
というメッセージを放ち続けます。
どうか、この物語を共に分かち合い、未来へと広げてください。
この仏像は、あなたと共に歩むためにここにあります。
合掌
令和七年 九月吉日
四国八十番札所 讃岐国分寺
住職 大塚純司 九拝
— English Edition
THE FIRST BUTSUZO — The Vision I Placed into This Statue
I. The Origin — An Encounter with a Family
It all began in the winter of the Great East Japan Earthquake, on a day when light snow was falling.
A couple visited our temple with their daughter, who was lying in a special bed-shaped wheelchair due to a severe disability.
They came in search of comfort and healing. Yet, the father’s face remained deeply marked by sorrow and despair.
At that moment, I felt that as a priest, and as a temple, I was not offering them what they truly sought.
Ashamed of my own inadequacy, I asked myself anew: What can I do for those who come here seeking salvation in the midst of their suffering?
This question led me to a great decision — to revive the long-lost vision of Kūkai’s Great Dainichi Nyorai statue.
II. The Vow — Reinterpreting Kūkai’s Vision
The great statue once envisioned by Kūkai had been lost to fire in warfare five centuries ago.
Drawing upon my training as a historian, my life as a monk of Esoteric Buddhism, and my own religious philosophy, I re-examined ancient manuscripts and sought to reinterpret Kūkai’s vision for our time.
What emerged was not a mere “replica,” but an entirely new image of Dainichi Nyorai: a vision shaped by my own philosophy, values, and aesthetics, deepened further through the evolution of Esoteric Buddhist thought from Kūkai’s era to the present.
To give it physical form, I entrusted the work to a sculptor’s atelier. For over ten years, I continued to issue countless specific instructions, striving to ensure that my vision would be realized faithfully.
The process was filled with hardship, but one unwavering conviction sustained me: the wish to bring hope and solace to people through this statue.
III. The Method of Esoteric Buddhism — A Message Beyond Words
Kūkai once wrote:
“The esoteric treasury is so profound that it cannot be conveyed by brush and ink. Thus, we borrow images to reveal it to those not yet awakened.”
Esoteric Buddhism teaches that truth is too deep and complex to be transmitted through words alone.
Instead, it must be conveyed through visual expression — through sacred forms and statues.
This is the very method I sought to embody.
Not through words, but through the presence of the Buddha image, I wished to deliver a positive message to those burdened with suffering.
That message is simple, yet absolute:
“This world is worth living in. Your life is worth living.”
IV. The Meaning of THE FIRST BUTSUZO Project
Thus, this statue was born.
To share its spirit with the world, I named this endeavor THE FIRST BUTSUZO.
It is not the reproduction of a past image, but an attempt to create the ultimate Buddhist statue — one that begins with Kūkai’s vision, yet integrates 2,500 years of Buddhist art and philosophy into a single form, standing at the very pinnacle of that history.
The Many Meanings of “THE FIRST”
- My First Encounter – For many, especially visitors from abroad, it will be their first authentic encounter with a Japanese Buddha statue.
- The Ultimate First – The culmination of 2,500 years of Buddhist art.
- Origin and Renewal – Reviving the lost vision of Kūkai after five centuries.
- The Only One – A creation without parallel, unique in the world.
- A New Beginning – A step forward, carrying tradition into the future.
- A Universal Experience – A once-in-a-lifetime encounter that transcends language.
The name THE FIRST BUTSUZO carries all of these meanings within it.
V. The Future Vision — A New Form of Religious Practice
My plan does not end with this Great Dainichi Nyorai.
I am preparing to add two attendant figures: Fudō Myōō and Kongōsatta (Vajrasattva).
This triad echoes the Three-Dimensional Mandala once conceived by Kūkai at Tōji in Kyoto.
Yet, I will not simply reproduce the past.
Through my own interpretation, I intend to create entirely new and unprecedented forms of Fudō Myōō and Kongōsatta — statues that have never before existed.
This is not a return to the past, but a step into the future: the creation of new Buddhist images for a new age.
In this sense, THE FIRST BUTSUZO Project is more than a statue; it is a new kind of religious practice, opening limitless possibilities for the future.
VI. Conclusion — Walking into the Future Together
For more than a decade, I have poured all my passion into the creation of this statue.
Its origin lay in the suffering of one father and daughter — but its message now extends to all people.
This statue will continue to declare, to everyone who stands before it:
“This world is worth living in. Your life is worth living.”
Let us share this story together, and carry it into the future.
This Buddha exists to walk alongside you.
Respectfully,
Sanuki Kokubunji
Chief Priest
Junji Ōtsuka
大日如来像 一般公開の“予告”とご案内
2025.08.26

大日如来像 一般公開の“予告”とご案内
発願から足掛け十五年。
私たちは、多くの方の祈りと浄財に支えられながら、大日如来像の造立に歩みを重ねてきました。制作の現場では失敗ややり直しを幾度となく受け入れ、裁判という厳しい局面にあっても、約束を誠実に果たすために最善を尽くし、行を修める年月でした。ここまで伴走してくださった寄付者・関係者の皆さまに、心より御礼申し上げます。
本像は、言葉ではなく「見ること」そのものが教え――すなわち救いとなるという密教の方法論を、正面から体現する試みです。
弘法大師のことばに、**「密蔵は深玄にして翰墨に載せ難し。更に図画を仮りて悟らざるに開示す。」**とあります。私たちは、形相・光彩・印相・荘厳の総体をととのえ、苦難のただなかにある方にも、言葉に先立って希望が届くよう、視覚表現に教えを結晶させることをめざしました。その原点には、東日本大震災の冬、小雪の中で出会った一組のご家族の祈りがあります。弱さや痛みの側にそっと寄り添い、その生の尊さを支えたい――その願いに基づき、私は本像のすべてを定め、制作を自ら主導して参りました。
公開時期について(予告)
当山は10月中の一般公開開始を目指して、最終準備を進めております。第一候補日は10月11日(三連休初日の土曜日)です。
ただいま、関係者の知恵と総力を結集して、全力で組み立てと、その完了後に行う安全確認・拝観動線などの最終検証の準備を整えております。
最終的な日程は、これらの検証を経て「9月下旬」に公式発表いたします。
遠方よりご参拝を計画くださる皆さまにはご不便をおかけしますが、どうか今しばらくお待ちください。確定発表の際は、拝観時間等のご案内を合わせて掲出いたします。
当面の運用(寄付者優先公開について)
公開初期は混雑状況の見通しが立ちにくいため、これまでのご支援への深い感謝と、そのお約束を誠実に果たすため、当面は「寄付者優先公開」といたします。
ご寄付を頂いた皆さま(クラウドファンディングの拝観券リターンをお選びの方を含む)で、住所をお知らせ頂いている方には、公開日が確定し次第、拝観券を兼ねた招待状(ハガキ)を発送いたします。
ご参拝の際は、当該ハガキをご持参ください。同行者の可否・再入場・時間帯指定などの詳細は、招待状および公式サイトの確定告知にてご案内いたします。
※住所未登録・変更のある寄付者の皆さま向けの手続きにつきましても、確定告知時にご案内いたします。
本像に込めたメッセージ
この像が、人生の重さに押しつぶされそうな方々に、そっと救いの光を照らす存在であることを願っています。
—— この世界は、生きる価値がある。あなたの人生は、生きる価値がある。 ——
このメッセージを、説明板ではなく、尊像そのものが静かに語りかける。私はその一心で、本像の構想と制作、更なる構想の錬磨と具現化に打ち込んで参りました。
最終発表までの間も、準備の進捗を公式サイトおよびSNS(主にInstagram)でお知らせしてまいります。どうぞご自愛のうえ、その日を楽しみにお待ちください。
合掌
令和七年 八月吉日
四国八十番札所 讃岐国分寺
住職 大塚純司 九拝
令和七年の初詣のご案内
2024.12.27
初詣のご案内
令和7年の初詣に向けまして、顔出しパネルを設置いたしました。
来年の干支は乙巳(きのと み)です。巳=蛇は古来より弁財天様のお使いとされておりますので、当山がお祀りしている弁財天様をイメージした女の子のキャラクター、弁財天のサラちゃんと白蛇をデザインしました。顔出しの部分は白蛇の赤ちゃんです。
乙(きのと)には若木が成長するという意味があることから、新緑色の文字を採用しています。
このような素敵な顔出しパネルが出来上がりましたので、ぜひ、初詣にご来山頂きまして、ご家族、ご友人と一緒に記念撮影して頂ければ幸いです。お子さんの成長記録してもご家族の記念の一枚になると思います。
また毎年恒例となっております、初詣記念授与として、お守りお札類を3千円以上お買い上げの方に、干支をテーマにデザインした当山オリジナルのA4サイズコットンバッグをプレゼントしております。こちらも、顔出しパネル同様、弁財天のキャラクターと白蛇をデザインいたしました。乙巳のテーマカラーである黄緑色でプリントしております。なお、数に限りがございますので、コットンバッグをご希望の方は早めにお越しくださいませ。
きのとみ(乙巳)の年は、努力を重ねて物事を安定させていく年とされています。また、成長と結実の時期となる可能性が高く、これまでの努力や準備が実を結び始める年ともいわれています。
きのとみ(乙巳)の「乙」は十干で第2番で、しなやかに伸びる草木を表しており、困難があっても紆余曲折しながら進むことを意味します。「巳」は植物が最大限まで成長した状態を意味し、これまでの努力や準備が実を結び始める時期を示唆しています。
巳(へび)は古代から再生や永遠の象徴とされ、皮を脱ぎ捨て新たな姿に生まれ変わる姿がその象徴となっています。こうした意味から、巳年は新しい挑戦や変化に対して前向きな姿勢を示す年とも解釈されています。
国分寺の建立を発願した聖武天皇の願いを今なお受け継ぐ当山は、護国安民の寺として、令和七年が我が国と皆様の心身が安らかで、楽しく、成長の年となるよう心より祈念いたします。どうぞ新年のご参拝に讃岐国分寺にお越しくださいませ。 合掌
南無大師遍照金剛
讃岐国分寺住職 大塚純司九拝
特別御朱印/オリジナル御朱印帳のお知らせ
2024.05.23
当山住職からのメッセージ
2024.05.06
この世界は生きる価値がある。あなたの人生は生きる価値がある。
生きていると、この世の中には理不尽なこと、許せないこと、残酷なこと、受け容れがたいこと、悲劇的なこと、たくさんの嫌なことが起きます。世界とは、人生とは、そんなものなんです。それを仏教では四苦八苦と呼びます。苦しみがあってあたりまえ、苦は生きることの大前提なんです。そこが仏教のスタートであり、個人にとっては人生のスタートなんです。それを乗り越え悟りを目指すために四諦八正道という教えがありますが、その理解と実践には果てしない修行が必要です。
紀元前5世紀のインドでブッダによって誕生した仏教、その最終進化形が、7世紀、インド東部で誕生した密教です。密教以前の仏教は、「人生は苦であり、その苦を滅ぼし悟りを開くには修行が必要だ」と唱え続けてきました。しかし、密教は、1200年間の伝統をひっくり返し、新たな可能性を提示しました。
その革命的な教えはこう言います。「え?人生は苦だって?そうかもしれないけど、そんな世界に否応なしに生まれてきちゃったんだから、生きるしかないじゃん。どうせ生きるしかないなら、苦のまま生きるんじゃなくて、楽しんで生きればいいじゃん。人生を認めて、欲望を認めて、この世界を認めて、自分を認めて、生きることを全肯定しようぜ!だって、この世界に生まれてきたからには、この世界で生きるしかないんだから。自分として生まれてきたからには、自分として生きるしかないんだから。」
どうせ生きるしかないなら、じゃあ、この世界を愛そうよ。
どうせ他人にはなれないんだから、じゃあ、自分が自分を愛してあげようよ。
誰もあなたに生きる価値があるって言ってくれる人がいないなら、讃岐国分寺が言ってあげる。
讃岐国分寺の仏様たち全員で言ってあげる。「あなたには生きる価値がある」と。
そんな思いをこの看板に込めて作りました。このメッセージ看板は、当山から参拝者の皆さんへの応援歌でありラブレターです。密教僧としてはまだまだ未熟な私が、参拝者の皆さんにお伝えしたいメッセージとして、住職になって間もなく作りました。お寺によくある標語や人生訓と同じですが、この看板は一時的なものではありません。私が住職である限り、一生変わらぬ当山からのメッセージとしてお伝えし続けようという思いを込めて、大きく耐久性のある素材で作りました。想いが皆さんに届くことを願って、合掌 当山住職拝
This world is worth living .Your life is worth living.
As we live, we encounter unreasonable, unforgivable, cruel, unbearable, tragic events, and many unpleasant things. This is what the world is; this is what life is. Buddhism calls this suffering “the four kinds of suffering and the eight hardships.” Suffering is a fundamental part of life; it is the starting point of Buddhism and the start of an individual’s life. To overcome this and aim for enlightenment, Buddhism teaches the Four Noble Truths and the Noble Eightfold Path, which require endless practice to understand and implement.
Buddhism, founded by Buddha in the 5th century BCE in India, evolved into its ultimate form with the emergence of Esoteric Buddhism in the 7th century in Eastern India. Before Esoteric Buddhism, the teachings continued to proclaim, “Life is suffering, and to extinguish this suffering and achieve enlightenment, one must practice.” However, Esoteric Buddhism overturned these traditions of 1200 years, presenting a new possibility.
Its revolutionary teaching says, “What? Life is suffering? That might be true, but since we’ve been born into this world regardless, we have no choice but to live. If we have to live anyway, why not live joyfully instead of in suffering? Acknowledge life, acknowledge desires, acknowledge this world, acknowledge yourself, and fully affirm living! After all, since we were born into this world, we have no choice but to live in it. Since we were born as ourselves, we have no choice but to live as ourselves.”
If we have to live, then let us love this world. If we cannot become someone else, then let us love ourselves. If no one tells you that your life has value, then Sanuki Kokubunji will tell you. All the Buddhas of Sanuki Kokubunji will tell you, “You have value in your life.”
These thoughts have been infused into this signboard. This message board is a song of support and a love letter from our temple to all visitors. As an Esoteric Buddhist monk still lacking in many ways, I made this signboard soon after becoming the chief priest, intending to convey a message to visitors. It is like the slogans and life teachings commonly found in temples, but this signboard is not temporary. As long as I am the chief priest, it will continuously convey an unchanging message from our temple, made from large, durable materials. I hope our thoughts reach everyone.
Gassho, the Chief Priest of Our Temple.
仏像公開遅延の理由のご説明とお詫び
2024.04.16
このたびは、皆様に多大なる支援をいただいております「大日如来像再現プロジェクト」
につき、当初、令和5年10月の開眼法要及び公開を予定しておりましたが、やむを得ない
事情により、現在まで、開眼法要及び公開に至らない状況が続いております。
つきましては、まずは、皆様にお詫びを申し上げるとともに、現在までの経緯をご説明さ
せていただきます。
当山は、平成25年4月、彫刻家の大森暁生氏に対し、製作期間を3年として、本プロジ
ェクトの要となる大日如来像の製作を依頼しました。もっとも、その作業は大幅に遅延し、
ようやく、大日如来像の組み上げができる状態となった令和4年9月、開眼法要の予定日を
令和5年10月とすることが決まり、また、その後、大日如来像の引渡期限も、開眼法要に
先立つ令和5年8月25日と決まりました。
しかし、その引渡期限が差し迫った令和5年8月になって、突如、大森氏より、「契約書
を作成しなければ引き渡さない」と言われ、大日如来像の引渡しが拒否され、引渡期限を経
過しても大日如来像が引き渡されることはもとより、契約書案が示されることもありません
でした。
当山といたしましては、一刻も早く、完成した大日如来像の引渡しを受け、令和5年10
月の開眼法要を実現するという皆様とのお約束を守るべく、やむを得ず、令和5年9月、東
京地方裁判所に、大日如来像の引渡しを求める仮処分を申し立てました。
その結果、当山の主張の正当性が認められ、令和5年11月29日には、裁判所の強制執
行により、ようやく、当山に大日如来像が引き渡されるに至りました。
そして、当山といたしましては、すでに当初の予定から遅れていることを踏まえ、開眼法
要の準備を進めて参りました。
しかし、大森氏は、その後、高松地方裁判所に、「大日如来像は未だ完成していない」と
して、大日如来像の公開禁止の仮処分を申し立て、拙速な審理を経て、同裁判所は、これを
認める判断をしてしまった結果、当山は、現在、大日如来像を公開したくても、公開できな
い状況に追い込まれております。
当山は、高松地方裁判所の上記判断を争うため、異議申立てを行っており、現在、その審
理が続いている状況にありますが、一刻も早く、大日如如来像の開眼法要及び公開を実現で
きるよう、なお最善の努力をして参りますので、何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたし
ます。
仏像造りへのこれまでの皆様の多大なる貴重なご支援と、温かい応援のお言葉に対しまして
重ねて御礼申し上げますとともに、遅延の理由を問わず、公開が遅れているという事実、および、公開約束期日を守れなかったがために、多くのご高齢のご支援者様が仏像を見れぬまま次々と亡くなられていっているという取り返しのつかない重大な現状に対して、本プロジェクトの全責任者として、その責任を重く受け止め、心より深くお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございません。
約束を果たせず故人となられたご支援者様に対し、謹んで心よりご冥福をお祈り申し上げます。
合掌黙祷
南無大師遍照金剛
南無大日如来
令和6年4月16日
讃岐国分寺住職
大塚純司九拝
能登半島地震で被災された方々にお見舞い申し上げます
2024.01.08
この度の能登半島地震により、お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りいたしますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、救助活動や被災者支援に尽力されている皆様に深い敬意と感謝を表します。
私自身が北陸地方の大学院を卒業し、その後も珠洲市を訪れる機会が度々あり、被災地域には大変な思い入れと愛着があります。わずか2か月前にも珠洲市を訪れたばかりで、ニュースで見る映像に心を痛めております。当山としても、四国八十八ヶ所霊場会や他の寺院と協力し、被災地域の一日も早い復興に向けて支援に努めてまいりたいと考えております。
当山では、義援金募金箱を設置し、参拝者の皆様からのご支援を募っております。寄せられた義援金は、石川県珠洲市をはじめとする被災自治体の義援金送金口座に直接送金し、定期的に送金額の結果報告を寺内掲示板および当ウェブサイトでご報告させていただきます。
救助待ちの方々への一刻も早い救助、余震の収束、そして不安な日々を過ごされている皆様の安全と、被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。どうか、奥能登の美しい自然とそこに住む皆様の平和な暮らしが一日も早く戻りますように。
南無大師遍照金剛
合掌
讃岐國分寺住職
大塚純司
クラウドファンディング終了の御礼
2023.09.01
クラウドファンディング終了時刻ごろに撮影したスーパーブルームーン(撮影地:香川県高松市)
【クラウドファンディング終了のご報告と御礼】
たくさんの方々からの温かいご支援と応援のおかげで、第一目標、第二目標を達成したのみならず、それらを大きく超え、前回(第二期)をも上回る4,820,000円ものご支援が寄せられました。本プロジェクトにご参加いただいた皆様に心より御礼申し上げます。まことにありがとうございました。
今回、10月に完成公開を予定していることもあり、新聞やテレビなどのマスメディアの多くが、完成時の報道を計画しているため、直前のこのタイミングでクラウドファンディングをニュースとして取り扱ってくださるメディアが少なく、難航を極め、8月下旬になっても第一目標の達成すら危うい状況でした。
そのような中、手を差し伸べてくださったのは、第一期、第二期より継続して本プロジェクトをご支援いただいた皆様でした。何度も繰り返しご支援いただいた背景には、本プロジェクトに対する信頼とご期待の大きさをひしひしと感じ、よりいっそう、最後まで気を抜かずに万難を排してプロジェクトを完遂させ、公開にこぎつける覚悟を新たにいたしました。
ご支援のご恩は深く胸に刻み、決して忘れません。私にできる最大のご恩返しは、500年ぶりに甦る弘法大師の愛の結晶である仏像(今回仏像造りに参加していただいた皆様の愛の結晶でもあると考えております)を、どこにもない・誰も見たことがないような全く新しい礼拝空間の中で、360度から、思う存分にご拝観頂くことだと考えております。
「この世界は生きる価値がある、あなたの人生は生きる価値がある。」
今回の仏像には、このメッセージを込めて10年間、勧進と制作を続けてまいりました。正確には、10年にわたる活動の中で、形にならない思いが次第にくっきりと言語化して表れた言葉が上記のメッセージです。仏教で穢土と呼ばれる四苦八苦に満ちた現世への肯定と、すべての悩み・苦しむを抱えた人の人生に対する肯定、それこそが仏教の最終到達地点と呼ばれる密教のたどり着いた境地だと私は考えています。
ブッダによって「人生は苦である」という諦観からスタートした仏教が発展し、最終的にたどり着いた境地が、「ならばこそ、愛そう」だと考えております。今回の仏像は、日本にその密教を伝えた弘法大師空海から皆様へのラブレターであり、同時に、今回仏像づくりにご参加いただいた皆様から、未来につづく無数の人々へのラブレターでもあります。
未来際の尽きるまで、この仏像に込められた愛のメッセージが連綿と受け継がれていくことを願いつつ、御礼の言葉とさせていただきます。3期を通じて、ご支援いただいたすべての皆様に対して、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。大日如来堂でお待ちいたしております。
合掌
南無大師遍照金剛
令和5年9月1日
讃岐国分寺住職 大塚純司 九拝
追記:クラウドファンディングは終了いたしましたが、当山では公開まで引き続き、大日如来像再現プロジェクトへの直接のご寄付を受け付けております。詳しくはこちらをご覧くださいませ。https://sanukikokubunji.jp/dainichi-nyorai/
ひとこと法話 弘法大師作『十喩を詠ずる詩』より
2023.03.06
「我、諸法を観るに譬えば幻の如し」
弘法大師作『十喩を詠ずる詩』より
(現代語訳)私が見るに、世の中のすべては幻のようなものである。
弘法大師が人々に悟りを分かりやすく伝えるために作った漢詩です。経典の中にある10個の譬え(たとえ)をテーマに10章からなる詩で説明しています。その一つが幻であり、水に映る月です。
この詩を何度も何度も読み返していると空の思想が知識ではなく実感として身に染みわたっていく感覚があります。この写真は、水に映る街のネオンなのですが、まさに10個の比喩に取り入れたいぐらいに、いや、それ以上に適切な譬えだと感じます。
我々が現実だと思い込んでいるこの世界のすべては、この水に映るネオンのように「あるように見えるけれど実際は虚像でしかなく、因縁によってごくわずかな時間だけそこにあるように見えるだけ」なのです。
どんな豪邸も、高級車も、宝石も金銀財宝も、あの世へは持って行けません。ただ、瞬きのような生の間だけあるように見えるだけ。そのことをこの虚像は我々に教えてくれます。
そしてまた、人生は儚いからこそ美しい、そのこともまたこの虚像が物語っています。
色即是空、空即是色
密乗沙門純司書
※当山が作成した『十喩を詠ずる詩』全文現代語を当サイト「ギャラリー」にてPDFファイルを無料公開しておりますので、より詳しく学びたい方はごらんくださいませ。非商用に限り、印刷してご利用いただくことも可能です。
新年のご挨拶
2023.01.08
新しい年を迎え、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は、新型コロナウイルス感染症の影響が長引くとともに、東欧では痛ましい戦争が長期化し、それによるエネルギー資源や食料の価格上昇による世界的な物価の高騰など、大変厳しい年でありました。そのような中でこそ、ますます鎮護国家の寺である当山、讃岐国分寺の果たすべき役割と、皆様のご期待は大きいものと感じております。
本年は、弘法大師空海さまのご誕生1250年の記念の年です。四国八十八ヶ所霊場会では記念法要・記念スタンプ・記念カードの授与などをはじめとする、様々な記念事業が行われるとともに、当山では、2013年に彫刻家・大森暁生氏に依頼してスタートした弘法大師の思い描いた大日如来像を再現するという10年がかりのプロジェクトがいよいよ完成を迎えます。開眼法要及び、像の公開は秋ごろを予定しております。記念の年に像が完成を迎えることは、お大師様のお導きによるものと大変喜ばしく感じております。
それに加え、かねてより懸案だったお手洗いを水洗化するプロジェクトも並行して進めております。大日如来堂の内装デザインとともに東京の成瀬・猪熊建築設計事務所に依頼し、すでに具体的にプランが進行中です。新たなお手洗いは烏枢沙摩明王堂として完全新築いたします。こちらの完成は来年中を見込んでおります。当山は境内地全域が国の特別史跡に指定されており、工事を進めるうえでの様々な制約、許認可の必要があるため、工事が難しく、時間がかかってしまいます。皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたします。
令和五年の干支である卯(うさぎ)は、跳躍することから、飛躍や成長、ステップアップの象徴でもあり、新しいことに挑戦するには最適の年であると言われております。国分寺の建立を発願した聖武天皇の願いを今なお受け継ぐ当山は、護国安民の寺として、本年が我が国と皆様の心身が安らかで、楽しい年となるよう心より祈念し、新年のご挨拶とさせていただきます。 合掌
南無大師遍照金剛
令和五年正月 讃岐国分寺住職 大塚純司九拝












